もし僕が、いい奴だったら

純也の家は、優一の家の近所にある。 ふたりは、中学からの同級生で同じ学区に住んでいた。 優一は、自転車で自分の家を通り過ぎた。 自分の家の2ブロック先に純也の家がある。 優一の家は、ごくごく普通の民家。 1階の居間とダイニングキッチンに灯りがともっていた。 父親の車も車庫に入っている、そろそろ、晩ご飯の時間だ。 母親の屈託ない笑顔を思い出すと、今朝のことがとても後ろめたく感じた。 今日、純也の家に行くことは話してあり、ご飯は要らないと伝えてある。 すぐに、純也の家の前に着いた。 純也の家もごくごく普通の民家で、玄関先で芝犬が吠えていた。 2階にある純也の部屋以外には、明かりは灯っていない。 事業主の彼の両親は遅くまで働いているのだ。 「純也、来たぞ」と優一は真っ暗な玄関で大きな声で言った。 ドタドタと階段を駆け下りる音がして、純也が顔を出した。 「おう、予定時間とおりだな」と言った。 純也の表情は明るく、悩みなどない顔をしていた。 そんな顔をみると、優一もなんだか、気持ちが軽くなる気がした。 2階の純也の部屋に入るやいなや、 「おいおい、純也、たいへんなんだよ」と優一は話しだした。 「まぁまぁ、落ち着けよ」と純也はいいながら、缶ビールを優一に手渡した。 純也が飲むのは、決まってスーパードライ。 6畳ほどの部屋は、フローリングで、その床の優一は座り込んだ。 「話しの前に、まずはBGMだな」と純也は、棚からレコードを引っぱり出した。 「こんな気分かな」と言った。 土に汚れた乳牛が画面いっぱいに写っている。 ピンクフロイドの原子心母のジャケットを優一に見せた。 レコードクリーナーで盤をひと撫でして、ミニコンポのプレーヤーに乗せた。 音が鳴り出した。 軽やかなギターのアルペジオに続いて、穏やかな歌声が、、、 If I were a swan, I'd be gone. 「おいっ、B面かよっ」優一は思わず、飲みかけたビールを吹き出しそうになった。 「そう、こんな気分なんだよ」と純也は、真面目な顔で言った。 「ギャグかよ」優一は、まだ笑いが止まらず、ムセながら言った。 原子心母は、名盤の呼び声高いアルバムだが、その目玉は、なんといってもA面フルに収録されているタイトル・チューンだ。 ドラマティックな起伏に富んだこの曲は約25分にもおよび、幻想的で重厚なサウンド・イメージ、クラシック、ジャズ、現代音楽などの要素を取り入れたすごい曲だった。 なので、ジャケットを見せられた優一は、純也が鳴らすのは、この曲とばかり思っていたので、笑ってしまったのだった。 意表をつかれて、優一は笑いが止まらなくなった。 さっきまでの、深刻な気分は完全に吹き飛んでしまっていた。 If I were a train, I'd be late. And if I were a good man, I'd talk with you more often than I do. ”そして、もし僕が、いい奴だったら、 もっとたくさん、君と話し合うことができるのにな” 内省的な曲とは裏腹に、優一の心は晴れ渡った。 純也といると、ウジウジとした嫌いな自分がいなくなるので、優一は純也といることが好きなんだと思った。 「純也、お前はいい奴だよ」と、笑顔で優一は声に出さずに言った。