校長室

目当ての筒を持って美術室の引き戸を開けたら、廊下の窓のオレンジの光線は強くなっていた。

朝の空気が満ちている。

澄みわたった空が窓の外に広がり、気持ちも明るくなる。

純也は、筒を脇に挟んで、小声でいった。

「さぁ、校長室へいこう」

朝日に照らされた顔は、生きいきしていて、恐れの陰など全くない。

優一も自分の怖じけずいた気持ちが、なくなっていることに気がついて微笑んだ。

来たときと同じようにふたりは、這って廊下を戻った。

あたりは急速に明るくなっていったが、静けさは変わらない。

宿直室の前を過ぎるとき、少し動きがぎこちなくなったが廊下一番奥の校長室に着いた。

優一は、軽く腕を曲げて腕時計をみて言った。

「予定どうり、7時ジャスト」

 

純也はポケットから、鍵を取り出して校長室の鍵穴にさそうとした瞬間、

近くで、ガラガラと部屋の引き戸が開く音が響いた。

ふたりは、とっさに廊下の突き当たりの暗がりに身を屈めた。

廊下の向こうの宿直室から、人が出てきた。

そっと顔をあげて見てみると、英語教師のあいちゃんだった。

寝間着代わりだろうか、グレーのジャージの上下を着て、

寝ぼけたようによろよろと正面玄関の方へ歩いていった。

「調べたとおり、当番はあいちゃんだったな」と純也が言った。

「2分前だったら、終ってたよ」

「どうする、どうする」

すぐに、あいちゃんは戻ってきた。

手に新聞を持っている

また宿直室に入っていった。

 

しばらく、ふたりは息を殺して、耳をそばだてた。

宿直室からは、かすかにテレビのニュースの音が聞こえてくる。

 

「そりゃ、起きる時間だよな」と純也が言った。

「3分過ぎた、どうしよう」優一が不安そうな声で言った。

「見回りにはこないさ、さ、やろう」

純也は手に握っていた鍵を校長室の鍵穴にさした。

鍵をまわそうとしても、なかなか回らない。

「あれ、あれ、あれれ」

さすがの純也もあせっている。

「ちょっと貸して」

といって、優一は鍵穴から鍵を抜いた。

優一がもう一度、鍵穴にさして回した。

今度は、嘘のようにスムースに回った。

「さして回すのにも、間があるんだよ、何事にも間があるんだよ」と優一がいった

「そんなもんかな」

校長室は、嫌な匂いがした。

なんの匂いだろうか、洋服ダンスの虫除けのようだった。

優一が先月、呼ばれて入ったときには気づかなかった匂い。

すぐに扉をしめて鍵を閉めた。

廊下のからの曙光は、扉の擦りガラスに遮られ、わずかだった。

背の高い書棚に分厚い書籍、ガラスケースの飾り棚、優勝カップや盾など陳列されている。

「はじめて入ったけど、イメージどおりだな、つまんねぇな」シゲシゲと辺り見渡しながら純也が呟いた。

 

「奥に応接室があるんだ、いこう」優一が促した

校長の執務机の背中側に壁があり、ドアがある。

そのドアを開けると、目当てのものがある応接室だった。

応接室は、なんの変哲もない、ただの部屋だった。

ガラスのテーブルを挟んで、ベージュの1掛イス2脚と3人掛のソファと。

普通のそこらの応接セット。

「ひどい部屋だな」と純也は苦笑して、薄明かりの壁に掛けられた額を見上げていった。

「これか、はやく彼女を救い出さなきゃ」