マキさんへの手紙(3枚目)

その画家の元恋人のイディアの肖像画だったんです。 それは、ふたりが一時期、NYのチェルシーホテルに同棲していたときの作品なんです。 前日みたNHK特集でそのエピソードが語られていいました。 ふたりは、NYで出会い、愛し合い、生活を共にしていたんですが、 画家が自分の本当のセクシャルティに目覚めて、ホモセクシャルになり、イディアと別れる。 その別れの数週間前、この肖像画に没頭したらしいです。 今までの想いをすべて画筆に込めて。 ふたりは、恋人同士だったけれど、舞台女優を目指すイディアとは、同じ表現者としてもライバルだった。 その特集番組でもエピソードが語られいましたが、イディアが大役に抜擢されると、画家は自分のように喜びつつ、 同時に狂おしい程の嫉妬に苛まれて同棲していた部屋には帰らず、同性愛者のパトロン宅に入り浸りになったらしいです。 同志でありながら、ライバルあり、愛する女性でもあり、自分の分身でもある…。 校長室で、ひとりその習作を見つめることができたとき、 画家のその時の想いというか魂(おおげさですが、本当にそんなもの)を感じて、 イディアに対する愛(これも、こう書くと陳腐になりますが)のエナジーみないなものが、僕の目に雪玉が投げつけられるような衝撃で、 飛び込んできたんです。 隣の部屋からは、相変わらず、校長の鼻にかかった声が聞こえては来るんですが、さっきまでの不快な気分は起こらず、 ただの音として、耳に届くだけでした。 なんだか胸がジーンと熱くなり、手の平がむずかゆくなり、鼻の奥がツーンと切ないような感じになりました。 そして、目から涙が自然と流れてきたのは、自分でも本当に驚きました。 いつ校長が戻ってくるか分からないなかで、涙を流しているなんて…、早く止めようと意識するのでが、全く止まる気配もなく、 逆に、意思とは裏腹に胸の熱さはさらに高まり、高ぶった感情は出口を求めて、大声で嗚咽しそうになりました。 自分では全くコントロールが効かない状態になってしまい、応接の机に突っ伏して、声を殺して泣き続けました。 自分ではどのくらい時間が経ったかわからなかったのですが、少し落ち着いたところで、顔をあげました。 そしたら、校長が何かおそろしいものを見たような顔をして、応接の入口になって、立ってました。 「君、大丈夫か…」 「待たせて…すまなかった」 校長は、あきらかにうろたえたいました。 「今日は、もういいから、帰りなさい」 「ちょっと言い過ぎた、君には頑張ってほしいから、だよ」 「いまからでも頑張れば、十分大丈夫だから」 「わからないことがあったら、なんでも聞きにきなさい、ね」 急に別人のような猫なで声で、無理に微笑んだように校長は言いました。 そうやって期せずに校長室から解放されたんですが、校長室を出るときは、入る前の憂鬱は完全に消えいて、 別の気持ち、”イディアにもう一度会いたい” ”イディアのそばに一緒にいたい” そんな狂おしい切ない気持ちが胸に迫っていました。 絵のイディアを好きに…、絵のイディアに恋してしまったのかもしれません。